こんにちは。
今回は、月山富田城にゆかりの深い尼子経久のエピソードについて紹介します。
安来市広瀬町にそびえたつ月山富田城。
いまでは静かな絶景スポットですが、かつてここを拠点に中国地方の覇権を握った伝説の男がいました。
その名は尼子経久。
一度は城も職も失いながらも、アッと驚くような作戦で見事逆転。そこから領土を広げ、一時は中国地方を掌握するほどの大大名へと上り詰めたのです。
「中国の三大謀将」に挙げられるほどの策略家でしたが、一方で家臣との間の人間味あふれる逸話も残っており、とても魅力あふれる人物です。
そこで今回は、月山富田城の全盛期を支えた戦国大名「尼子経久」のエピソードを紹介していきます。
安来の英雄のドラマチックな人生をのぞいてみましょう!
歴史が苦手な方の中には「歴史の話は難しい単語が多くて分からない」という方もおられると思います。
本記事ではなるべく多くの方にイメージしていただきやすいように、政治・勢力図的な動きは一般的な説明に加えて、社会人「アマゴさん」の立ち振る舞いにたとえた【超解釈】も交えて紹介していきます!

日曜夕方の大家族アニメの会社の同僚にいそうな名前ですね。フー●田くーん。
尼子経久のエピソード
今回紹介するエピソードはこちらです。
- これぞ下克上!浪人から中国地方の覇者へ
- 謀聖の名は伊達じゃない!語り継がれる奇襲作戦
- 気前良すぎる!なんでも家臣にあげちゃう
順番に見ていきましょう。
これぞ下克上!浪人から中国地方の覇者へ
こちらは政治的・情勢的な話なので、一般的な説明と【超解釈】を紹介します。
【一般的な説明】
尼子氏は、もともと室町幕府の重鎮である京極氏の守護代という家柄でした。
守護代として月山富田城へ派遣されてきたのですが、乱世の混乱に乗じて京極氏の土地を横領するなどしたのがバレてしまい、守護代は解任され城も追い出されてしまいました、
その後しばらく浪人として過ごしていましたが、奇襲作戦により城の奪還に成功。(この時の作戦が次のエピソードです)
領土を広げていき、中国地方を支配する大名にまで上り詰めたのです。
【超解釈】
アマゴさんは、もともと株式会社ムロマチの幹部:キョウゴク氏の部下という立ち位置でした。
ガッサン支店の支店長として派遣されてきたアマゴさんでしたが、どさくさに紛れて店の売り上げを横領していたのがバレてしまい、支店長の職は解任、支店からも追い出されてしまいます。
しばらくフリーターとして過ごしていましたが、後任支店長の隙を突き支店を奪還。
独立して株式会社アマゴを立ち上げ、ガッサンを本店として中国地方に展開する一大ブランドを育て上げたのです。

ちょっとイメージしやすくなってませんか?歴史に詳しい方は、そこはそんな訳じゃないだろ!と感じる方もおられるかもですが、ご容赦ください。
現代風に訳してみるとアマゴさん、だいぶ好き勝手やってますね
とはいえ、パワープレイで成り上がる「下克上」を体現したような生き様は、頼れるリーダーとして今も多くの人の尊敬を集めています。
謀聖の名は伊達じゃない!語り継がれる奇襲作戦
「謀聖」とも称される経久の有名な作戦です。
一度は職を解かれ、月山富田城も追い出されてしまった経久でしたが、
なんとか城を奪い返して城主に返り咲きたい。
とはいえ自分は今や浪人の身で家臣も少なく、ましてや相手がいるのは難攻不落の月山富田城。正面から攻め落とすなど到底不可能でした。
そこで経久がとった作戦が奇襲作戦。
月山富田城では毎年、新年には宴が催され「鉢屋衆」と呼ばれる芸能集団が招かれて演奏・踊りなどで宴を盛り上げていました。
そこに目を付けた経久は鉢屋衆と共謀し、劇団員のひとりに扮して70名ほどで月山富田城に入り込みます。
見物客が集まってきた頃合いを見て、経久の合図で城内に火が放たれ武装していた鉢屋衆とともに攻撃を開始しました。
正月モード真っただ中をつかれた城内は大混乱に陥り、経久の後任として城主になっていた塩屋掃部介は追い詰められて自害。まんまと城を奪還することに成功したのです。
作戦をもって戦いを制する、「謀聖」「謀将」の呼び名にふさわしいエピソードですね。
気前良すぎる!なんでも家臣にあげちゃう
最後は少しほほえましいエピソードです。
経久自身はあまり物欲がなかったようで倹約を心がけた暮らしをしていたようですが、家臣に対してはとにかく気前が良く、自分の持ち物を褒められるとなんでもあげてしまう癖があったと言います。
寒い冬の日に家臣に服を褒められたのでその場で譲ってしまい、薄い小袖(肌着)で夜を明かす羽目になったということもあったようです。
あまりに経久がなんでも譲ってしまうため、家臣たちもおいそれと経久の持ち物を褒めないように気を遣っていたようです。とはいえ、主君相手なのでなにも言わないのも失礼になりそう…
それならばとある家臣がひらめいて、経久の屋敷に招かれた際、屋敷にある松の木を褒めました。
なるほどこれならば譲られることもあるまいと家臣一同が安心したのも束の間、すっかり機嫌を良くした経久は松の木に近づくとなんと松の木を根ごと掘り起こしてしまったのです!
さすがの家臣もこれは受け取れないと断ると、「大きすぎるか」と言って松の木を薪にして持ち帰らせたといいます。
戦国武将というとどうしても血の気の多いイメージを持ってしまいますが、
このエピソードからは「家臣思いのお人よし親分」といった人間くさい部分が垣間見えますね。
まとめ
今回は、尼子経久のエピソードを紹介しました。
- 浪人の身分から一発逆転!中国地方を統べる大名になった
- 正月の奇襲作戦で、わずかな戦力で城を奪還
- 褒められるとなんでもあげちゃうおじさん
「謀聖」と恐れられながら、実は周りの家臣たちに優しかった尼子経久。
鋭い頭脳と自分のものを惜しみなく分け与える度量、その両方を備えていたからこそ、どん底に落ちてもなお仲間たちの協力で一大勢力を築くことができたのかもしれません。
ただ強いだけでなく、どこか人間臭い魅力を感じる英雄。
そんな経久のことを知ると、安来の景色も少し違って見えてくる気がしませんか?
それではまた別の記事でお会いしましょう。
月山富田城についてはこちらもご覧ください。
合わせて、山中鹿之助のエピソードはいかがですか?




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